企業情報

会社沿革

120余年前より「健康」をテーマに、社会貢献に努めています

ミナト式鼻病薬

当時の広告

現在の
ミナトシキ液

明治21年、湊病院の創始者 湊謙一が、注射薬として開発した「神液」(後の「湊液」→ミナト式液)をさらに研究・開発を重ね、大正14年に「湊式噴霧器」と「神液」をセットにして鼻病薬として世に送り出しました。これが当社の始まりです。 

「湊式鼻病薬」は、順調に業績を重ねるとともに、「只野凡児」をキャラクターとして、鼻病に苦しむ方々に貢献してまいりました。昭和20年の戦災により中断し、翌年の昭和21年より製造・販売を開始、現社名「ミナト製薬株式会社」に社名を変更しました。

昭和46年、健康食品業界に参入し、製薬技術を生かした栄養食品「ローヤルゼリーミナト」を開発、上市しました。昭和52年、本社を東京に移転。業界の先駆者として、クロレラ、カルトップ500、活き活き100億ビフィズス菌、玄米くろ酢、あしたば粒など続々と上市し、創業110周年を迎え「大麦若葉の青汁」「減肥くわ青汁」を発表し、「青汁」市場を牽引しています。
現在も青汁関連の製品をはじめ、健康食品や健康関連食品を手掛け、「健康」をテーマとした社会貢献に努めています。

沿革
明治21年
(西暦1888年)
湊謙一(創業者)が水性薬剤と油性薬剤を混合した薬を発明、「神液」と命名。
後に「湊液」と改名。現「ミナトシキ液」のルーツとなる。
大正14年湊病院(兵庫県明石市)に製剤部を設置。
昭和3年製剤部門の拡大により、やむなく病院を閉鎖。湊製薬所として発足。
昭和8年韓国に京城支店を開設、戦前に閉鎖。
昭和10年中国大陸に大連支店を開設、戦前に閉鎖。
昭和14年 6月資本金18万円をもって株式会社湊製薬所を設立。本格的に製造販売を開始。
昭和18年 7月戦時企業整備により株式会社湊製薬所を解散。兵庫県の統合会社中の一企業体として新に資本金19万8千円をもって殉国製薬株式会社を設立し、ミナト式鼻病薬の製造販売を継続。
昭和21年 7月明石本社工場を新築し製造を再開、社名をミナト製薬株式会社に変更した。
昭和28年 10月本社を大阪市に移転。
昭和29年 9月資本金を350万円に増資、社名をミナト医科学工業株式会社に変更。
昭和32年 5月社名を再びミナト製薬株式会社に変更、電気部門はミナト医科学株式会社として新発足。
昭和42年 12月鉄筋コンクリート3階建新社屋完成。
昭和46年 2月栄養食品ローヤルゼリーミナトを新開発。
(株)ミナトヘルスフーズを設立し製造販売を委譲。
昭和49年 4月大阪江坂工場完成。
昭和52年 12月本社を東京都に移転。
昭和53年 3月栄養食品、化粧品製造メーカーである(株)ミナトヘルスフーズを吸収合併し資本金を4,100万円に増資。
昭和53年 9月栃木県黒磯市に那須工場(医薬品GMP工場)完成。
昭和55年 11月西日本の医薬品営業部門を担当する、ミナト製薬大阪販売株式会社を設立。
昭和56年 2月東日本の医薬品営業部門を担当する、ミナト製薬東京販売株式会社を設立。
昭和59年 11月資本金を5,000万円に増資。
平成2年 11月栄養食品、化粧品等の販売会社エムエスケー東日本を設立。
平成11年 6月ミナト製薬東京販売株式会社を統合し、東日本の医薬品営業業務を継承。
平成14年 12月ISO9001:2000取得。
平成15年 9月農事部を新設し、那須工場隣接の試験農場で有機農法の研究開始。
平成16年 2月株式会社ミナトオーガニックファームを設立し、有機農法による原料の生産にも着手。
平成17年 3月那須工場管理棟竣工。
平成17年 8月那須工場有機認定取得。
平成19年 6月ミナト製薬大阪販売株式会社を統合し、ミナト製薬株式会社大阪支店として西日本の営業を継承。
平成22年 2月ISO9001:2008に移行。
平成22年 3月(財)日本健康栄養・食品協会 健康補助食品GMP認定取得。
新素材カワラケツメイ生産開始。
平成24年 6月株式会社エムエスケイ東日本を統合。

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